ここにあるのは、
全国の皆さんから寄せられた、
「心に残っている先生のコトバ」たち。
ときに厳しく、ときに優しく。
そのどれもが、だれかを導いてきた、
道しるべのようなコトバです。
深い想いを持って贈られたコトバたちに触れて、
あなた自身も、お世話になった先生に、
思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
担任の先生が教師になって1年目のクラスの最後(女性 15-19 歳)
教室でホームルーム中に。(女性 25-29 歳)
数学の先生から、卒業式の時に、(女性 30-34 歳)
就職して母校に帰った時(女性 20-24 歳)
泣くのは親が死んだ時だけにしろ。部活の人と相性が合わなくて喧嘩して、でも向こうが自分でも悪いってわかってるのに悪いことしててそれを注意しても逆ギレされて、1年以上一緒にやってきたのになんでこんなひどい扱いされるのか訳わかんなくて泣いてしまった時、先生が言ってくれました。相手は男子だし、どっちが悪くても泣いてしまったら「女子じゃけーってすぐ泣くなや」とか言われたり、とにかく自分が嫌な思いするだけじゃけ、泣くなよって意味で言ってくれたらしいです。そんな意味がある事は、後日知りました。(女性 15-19 歳)
私の先生の先生が言ったそうなのですが、勇気の道は、ものすっごく細い。だから、皆、反対の太い道を選ぶ。だけど勇気の道の先にはすごく広い草原が待っている。(女性 10-14 歳)
障害のある息子とのエピソードを話した時です。普段、健常者たちが決して笑わないところで笑ってしまい、親として申し訳なく思い詫びていると、その相手の方が、無視されるより、笑ってもらえて救われたと言ってくれて、その意味が本当だろうかと怪しんでいた私に、校長先生が笑いとは奥深いと言ってくれました。ただおかしいでは無く、子どもにとっても耐えられない状態からの脱却の意味があったかもしれない。対するお相手の方の言葉も、その意味があったかもしれない。表面上のことだけで、全てはわからないですね。自分が今まで教わって来た先生たちからは、そんなに心に残る言葉は見つかりませんでした。息子たち、特に障害のある次男の方に関わる先生たちとは、毎回お話するたびに、刺激を受けています。感謝の毎日です。(女性 45-49 歳)
自分の夢を、絶対、親は反対するとわかっていた。(女性 55-59 歳)
小学校の校長先生が朝礼のたびにその一言を添えてくれた。子供過ぎて漠然とした言葉の本来意図するところは当時理解できていなかったが、この歳になってもその時の先生の姿と共に記憶に残っていることが大きな宝(先生の功績)だと思う。そしてようやく理解することができ、大切な人に伝えたいと思うようになった。(女性 50-54 歳)
他校といざこざがあった時の言葉(男性 55-59 歳)
喧嘩して、相手が悪いと言った時(女性 10-14 歳)
学校を決める際に悩んでいた時。(男性 20-24 歳)
学校生活や家庭のことで色々悩んで相談した時に泣いてしまった時。自己中で我儘やったら嫌われると思って遠慮ばかりしていた私にくれた言葉です(女性 15-19 歳)
中学入学してすぐ、担任の紹介の時に。まだまだ子供だと思っていたのに大人として扱われると言われ認められた気がしてワクワクした。(女性 35-39 歳)
中学の時、体育祭の練習で、生徒たちがダラダラやっている姿を見て、数学教師が放ったことばです。(男性 40-44 歳)
仲間はずれになった時(男性 45-49 歳)
私のクラスには女子が3人しかいなかったので、いつも3人で行動していたのですが、その内の1人が私と仲のいいもう1人とは馬が合わず、また学校生活での態度の悪さが目についていて、避けている時期がありました。そんな時に担任の先生に相談した時、その子を嫌だと思うのではなく、お前が大人になれと言われました。社会にはもっとお前の嫌いな人とか、もっと悪い人とがいて、その悪いのを一つ一つ気にしていたらきりがない。どうせ高校生活という短い期間なんだから、大人になってその子と付き合ってみろ。と。(女性 15-19 歳)
給食が食べられなかった時にその先生だけは無理強いしなかった。(女性 55-59 歳)
人に言えない悩みを抱えていた時に先生がそれを見抜いて下さっていたのだと思います(女性 40-44 歳)
留学する前に言われた励ましの言葉です(女性 30-34 歳)
実技科目の受験の前日、あなたの力を出し切っているから悔いなく行ってこい❗️という意味で頂いた言葉(女性 55-59 歳)
一人一つという前提で校内で振舞われたお菓子をこっそり職員室から多めに持ってきてじゃんけん大会を開いた際に。きっかけは下らないけど言葉自体は未だに残っている(女性 35-39 歳)
部活でスランプに陥った時、部活の顧問ではない担任の先生が、ポロっと言ってくれた言葉。(男性 45-49 歳)
高校選択で迷って、落ちて親にお金かけさせるならと志望校を低くしようとしたときに(女性 20-24 歳)
男子とケンカばっかりしてた時(女性 35-39 歳)
クラスの雰囲気が、良くなかった時(女性 15-19 歳)
相手の学校が強くてボロ負けした時(女性 15-19 歳)
体育のマラソンの授業の時(女性 60-64 歳)
親をこまらせたとき。(男性 00-09 歳)
進路相談の時期、全然決まらず迷いまくっていた私の母親に話された一言。(男性 25-30 歳)
高校三年の時の学園祭で、演劇の練習をしていたとき、ども浮く行かない時期があり、クラスの中に不協和音が流れ、練習も惰性になっていた時に担任の先生に言われた言葉。妥協して取り組んでいいものなどないと気づかされました。(男性 20-24 歳)
受験時代に進路が決まらず悩んでいたからとても感動した!(女性 15-19 歳)
何十年かあと、先生は先に逝ってしまわれるかもしれない、それでもずっと応援してくれている。このことばが書かれた手紙をもらったその日から、ずっと手帳に挟んでもちあるいています。(女性 20-24 歳)
名門校に入って、まわりのレベルの高さを感じ鎖かけていた自分に監督からのコメント。ずしっときてそこから心を改めチームのために必要な行動をとることができた。(男性 25-29 歳)
部活の顧問の先生です。ずっとベンチで下手くその自分は、だれよりも朝練をしていました。絶対、誰も見ていないと思っていたのですが、恩師である先生はみていてくれて、すごく入れしく、助けられました。(男性 20-24 歳)